スリークはウブロ、カルティエ、タグホイヤー、ブライトリング、パネライ、オメガ、グランドセイコーをはじめとした高級時計やメガネなどの正規販売店です。

クロノグラフムーブメントの歴史

2021.08.01

 

こんにちは。

スリークに飯田です。

現在の機械式時計では自動巻きが主流になりましたが

クロノグラフの自動巻きムーブメントの誕生から現在に至るまでの進化は大変興味深いものがあります。

 

そこで、今回はクロノグラフムーブメントについてお勉強をしようと思います。

 

長くなりますので覚悟してください!

なお、今回はこのブログを書くにあたって雑誌クロノス主筆の広田雅将氏より多大なる情報提供等をいただきました。

感謝。

なので、僕の言葉というよりは広田さんのお言葉と思って読んでいただけたら・・・と思います。

 

さて、クロノグラフムーブメントとして、もっともメジャーなものの1つが『バルジュー7750』です。

 

色んなブランドが採用しており、汎用ムーブメントと少し見下して言う方もいるのが現状です。

でも、深く理解をせずに見下すにはもったいないムーブメントです。

いや、むしろ深く理解をしている方ならば、このムーブメントを少なくとも蔑んだりはしないと思うんですよね。

そりゃあ芸術的な面や設計での論理的な面での美しさ、実用性などとなってくると

色々と魅力的なクロノグラフのムーブメントはあると思います。

でも、個人的には7750は大好きなムーブメントです。大好きな理由はまた後で述べますね。

【バルジューCal7750】

この、バルジュー7750ですが

個人的にはその生い立ちが好きです。

ブライトリングが好きな方なんかには響くかと思います。

 

まず簡単に言いますと50年代、

ブライトリングがナビタイマーなどに多く採用していたヴィーナス社製のCal.178というムーブメントがあります。

 

そして、1969年に世界初の自動巻きクロノグラフの開発を目指していたブライトリングやホイヤーなどの連合チームが発表したムーブメント、通称クロノマチックことCal.11というムーブメントがあります。

 

簡単に言ってしまうと

『バルジューのCal.7750はこの178と11の血統を受け継いだ子孫のようなムーブメントなのです!』

 

 

それではもう少し詳しくご説明していきますね。

 

ブライトリングがその昔、クロノグラフムーブメントとして採用していたのが

 

ヴィーナス社製のCal.178でした。

「Cal178 Venus」の画像検索結果

【ヴィーナスCal178】

 

これは今でも傑作ムーブメントとして名高いムーブメントです。

ちなみにヴィーナスについて少しご説明をしますね。

ヴィーナス社は1924年に創業されたクロノグラフムーヴィメントのエボーシュで有名な会社です。

ヴィーナス社の最初のムーヴィメントは

1935 年のCal.140。

これは12時に時刻表示の時分計、6時に30分積算計、文字中央にクロノグラフ針の縦目。

従来の時計の輪列機構から考え一番作り易い形だったようです。

1940年に横2つ目のCal.150と縦目のCal.170を開発します。

この横目のCal.150を基礎に開発されたのが

ブライトリングが1942年に発表した

初代クロノマット(初の計算尺付き腕時計)に搭載された代表作Cal.175です。

 

【1942年初代クロノマット ヴィーナスCal175を搭載】

 

ヴィーナス社とブライトリングとの関係は深く、

この後、Cal.175に12時間積算計を加えたCal.178は

1952年に発表された初代ナビタイマーに採用されました。

 

【1952年初代ナビタイマー ヴィーナスCal.178を搭載】

 

しかし時代は変わっていき、おそらくクロノグラフの需要も減っていたと思われます。

1966年にヴィーナス社は倒産。

エボーシュ会社のバルジュー社に治具と版権は継承されました。

ヴィーナス最後のCal.188は3年後にバルジューCal.7730として甦ります。

 

ここでクロノグラフムーブメントの表をチラッとご覧ください。

CHRONOムーブ

ヴィーナスのCal.188は、

名機175、178の血を受け継いでいます。

地板と輪列は同じなのですがクロノグラフの作動方式をコラムホイールからカム式に変えました。

 

さらにコストダウンの為、クロノグラフのブレーキレバーも省いたそうです。

※ちなみにカム式でブレーキレバーつけたのは、1968年のレマニアが初なのだそうです。

 

ヴィーナスCal.188を継承した(名前変えた)バルジューCal.7730もブレーキレバーがありませんでした。

 

【ヴィーナスCal.188】

 

【ヴィーナスCal.178】

 

178にはあったコラムホイールが188ではカムに代わっているのがわかると思います。

 

その後、バルジューはCal.7730(=188)にブレーキレバーが付けてCal.7733となります。

 

このように昔のカム式はブレーキレバーが無かったのでコラムホイールの方が格上に扱われていましたが

 

現在ではレバーがあるので機能的にはコラムホイールのモデルと大した差はありません。

 

 

 

「Cal 7733 Valjoux」の画像検索結果

【バルジューCal.7733】

 

と、

ここまでがヴィーナスからバルジューCal.7733までの流れです。

 

 

 

一方で1960年代後半

ブライトリングはホイヤー社、ビューレン社、デュボア・デプラ社と共同で

世界初の自動巻きクロノグラフムーブメントの開発をしていました。

3針の自動巻きムーブメントが開発されてから40年近く経っても

自動巻きのクロノグラフムーブメントが開発されなかった1つの理由に

スペースの問題がありました。

 

3針のムーブの3倍近くの部品数になるクロノグラフムーブメント。

そこに自動巻きのローターなどの機構を盛り込むには非常に困難を極めたようです。

そこでブライトリングの3代目ウィリー・ブライトリングとホイヤーの4代目ジャック・ホイヤーが手を握ったのです。

 

そこに加わったのがムーブメント会社のデュボア・デプラ社。

デュボアのジェラルド氏が主張したのがクロノグラフのモジュールとマイクロローターとの組み合せでした。

そこでマイクロローターの特許を持っていたビューレン社がこのプロジェクトに加わったのです。

 

そして1969年3月に発表されたのがクロノマチック(Cal.11)なのです。

【クロノマチック Cal.11】

 

このCal.11の振動数を上げ改良したのがCal.12となります。

クロノマチック(Cal.11/12)はクロノグラフのモジュール式なので

いわゆる2階建です。3針のムーブメントにクロノグラフのモジュールを重ね合わせた状態。

 

このクロノマチック(Cal.11/12)のベース部分をバルジューCal.7733(ヴィーナスCal.188)から転用して作られたのがバルジューCal.7740となります。

valjoux7740_2-700x700

【バルジューCal.7740】

 

Cal.7740はスイングピニオンと、モジュール式の設計が新しかった。(Cal.188をベースにCal.11のモジュール式とスイングピニオンを組み合わせた)

 

そして、このCal.7740からスイングピニオンとモジュール式の設計を転用したのが

バルジューCal.7750となります。

 

7750の設計者はエドモン・キャプト氏です。

後に名作フレデリック・ピゲの1185を手がけた人です。

 

7750と1185の設計が似ているのはそのような理由からです。

クラッチにスイングピニオンを載せて、下側をシンプルにする、が7740の設計思想だったそうです。

そして下側が空いたからそこに自動巻きを載せて7750が作られたというわけです。

なお、Cal.7750が開発されたのが1973年です。

 

この7750を採用したモデルでクォーツショックで経営の危機にあったブライトリングを立て直そうと開発されたのが

1984年発表の【クロノマット】です。

【1984年クロノマット】

 

このクロノマットがイタリアで人気が出て、機械式時計の人気復活の立役者の1つと言われました。

7750の設計は、今のクロノグラフムーブメントにものすごく大きな影響を与えています。

 

具体的にはリューズの近くにクロノグラフのコラムホイールもしくはカムを設置するという設計です。

 

長い作動レバーを使う必要がないので、省スペース化が出来ます。

その結果、自動巻きや他の部品などのなどのスペースとして使用できるようになるわけです。

 

この7750、そして同じエドモン・キャプト氏設計の高級版であるフレデリック・ピゲ1185(FP1185)。

これらの影響を受けて開発されているのが現代の各ブランドの自社製のクロノグラフムーブメントです。

もちろんブライトリングのキャリバー01も大きな影響を受けています。

B01

【BREITLING Cal.01】

 

赤く囲んだコラムホイールとプッシュボタンの位置が近いですよね。

他のクロノグラフのムーブメントも調べてみてください。プッシュボタンとコラムホイールや

カムの位置が近くになっているものが多いと思います。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、少し長くなったのでまとめると

こんな感じです。

 

言葉でわかりやすくするとこんな感じでしょうか?

 

ヴィーナス178⇒188

 

バルジュー7730(=188)⇒7733

 

バルジュー7730+クロノマチック11=バルジュー7740

 

バルジュー7740⇒7750

 

バルジュー7750⇒フレデリック・ピゲ1185

 

フレデリック・ピゲ1185は現在各ブランドのクロノグラフの設計に影響を与えている。

 

 

 

 

 

上記をもう一度簡単に解説しますと

 

①ヴィナース178をコラムホイールからカムに変更して188が出来る。

 

②188がバルジュー7730として生産される。

 

③7730にブレーキ―レバーを付けて7733へと改良される。

 

④7733のベースにクロノマチックCal.11のクロノグラフモジュールを重ね合わせて7740ができる。

※7740はCal.11の進化版と言われるが7733がベースなので手巻きになっている。

 

⑤7740を大幅に改良されて7750が出来る。

 

⑥7750を進化させたものがフレデリック・ピゲ1185。

※なお7750はカム式のスイングピニオン

 1185はコラムホイールの垂直クラッチ

 

⑦1185の設計思想がロレックスやブライトリング、ジャガー・ルクルトなどのムーブメントに大きく影響を与えた。

 

なお、面白いのは③のカム式のモデルにレバーを最初に着けたのがレマニアの861というムーブメントです。

この861の前身が321です。321は初代スピードマスターに搭載されていたモデルで、コラムホイールを使用していました。

この321をカム式に変えて振動数を上げたのが861です。

この861を搭載したスピードマスターがアポロで月面着陸を果たしております。

なお、この設計者はかの有名な天才アルバート・ピゲさんなのです。

このカム式にブレーキレバーという861の影響を受けてバルジュー7733は作られています。

 

 

 

 

また、さらに面白いのは7750の設計者であるエドモンド・キャプトさんですが

彼が7750の設計に際してセイコーのCal.6139を参考にしたようです。少なくとも7750の高級版であるフレデリック・ピゲのCal.1185は6139から学んだと言っているそうです。

セイコーのCal.6139はコラムホイールがプッシュボタンの近くにあり、垂直クラッチを採用した初のムーブメントでした。(1987年にフレデリック・ピゲCal.1185が垂直クラッチを採用したことで今や垂直クラッチは業界内のトレンドとなってきています)

そう考えると現在のクロノグラフムーブメントって面白いなぁと思います。

スイスだけでなく日本の技術も活かされて現代へと技術が継承されてきているんですよね。

 

 

ちなみにセイコーCal.6139の話も出したのでもう1つ余談。

6139が作られたのが1969年。

1969年はクロノグラフにとって大きな節目の年だったのです。

 

なぜならば、この年に3つの『世界初自動巻きクロノグラフムーブメント』が誕生しているのです。

1つが前述しているブライトリング、ホイヤーなどの連合軍によるCal.11

もう1つがゼニスのエルプリメロ

そしてセイコーのCal.6139

ゼニスはエルプリメロを1月10日に発表。これが世界初の自動巻きクロノグラフムーブメントと言われていますが製品化されたのが9月。

一方、Cal.11は発表は3月3日だったものの製品化されたのはエルプリメロよりも早かった。

そういった意味ではこちらも世界初。

しかし、実はセイコーのCal.6139を搭載したモデルは1969年6月には既に店頭に並んでいたそうです。

実質、世界初の自動巻きクロノグラフを発売したのはセイコーだったようですが

世界的な発表などがされておらず認知されていなかった模様です。

この3機種、どれがどうというわけではなく同時期にこの3機種が誕生したということが奇跡のようにも思います。

この3機種がその後のクロノグラフムーブメントに与えた影響というものは大きいですからね。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうしてムーブメントの観点から歴史を見ていくと面白いですね。

『モデル』だけではわからない、その時計の生い立ちが見えてきます。

色んなブランドの機械がそれぞれに影響し合って現在のムーブメントが作られているんです。

 

ちなみにさらに余談ですが

レマニアは現在ブレゲのムーブメントを作っています。

フレデリック・ピゲは現在ブランパンのムーブメントを作っています。

 

 

 

そして、やはり僕はこの7750という機械が大好きなのです。

理由は何と言っても汎用性です。

現在、これだけ多くの時計に使用されており、

そして40年以上作り続けられているムーブメント。

この先何十年経っても無くなりそうにない不滅のムーブメントのようにも思います。

また、修理などにおいてパーツが欠損したり、修理できる技術者がいない(少ない)などの

こともまず考えられません。

そのような点でアフター面での安心感というのがあり、

そこが良いです。

ある意味『最強』ですよね。

あと、マニアックなことはわかりませんが40年以上作られ蓄積されてきたものもあるだろうし

改良されてきたものもあるだろうと思います。

40年以上作り使われてきているものに駄作があるはずないのです。

 

あのペヤングソースやきそばだって

1973年(昭和48年)7月 – 製造を開始。「ペヤングヌードル」を発売

1975年(昭和50年)3月 – 業界初の四角い容器のカップ麺「ペヤングソースやきそば」を発売する

という40年以上の歴史があります。

 

そりゃあカップ焼きそばにも色々種類がありますし

ペヤングよりも他の商品の方が好きだという方もいるでしょう。

しかし、ペヤングはペヤングで不滅の商品なのです。

ちなみにカップヌードルは1971年から発売されています。

これもきっとずっと愛され続けていく商品。

他にどんなカップ麺が出てきてもカップヌードルは廃盤にはならないんだろうなぁ。。。と思います。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それからもう1つ余談ですが

バルジューCal.7750には3つのグレードがあります。

■エラボレート

■トップ

■クロノメーター

です。

グレードが高くなればより精度も高い仕様となっています。

また素材の違いもあります。

素材の違いが出るのがエラボレートとトップ。(スタンダードとエラボレート、トップとクロノメーターは基本的に素材は一緒)

スタンダード、エラボレートはテンワにニッケル、ヒゲゼンマイにニヴァロックス2を使用。

一方、トップとクロノメーターはテンワにグリュシデュールを使用。

ヒゲゼンマイはアナクロン(ニヴァロックス2を焼き入れし、優れた特性を有する)を使用しています。

トップとクロノメーターは双方に技術的な差はなく、微調整のレベルがやや異なります。

多くのブランドが

7750をベースに使用したりしていますが

どのグレードのものを使用しているのか

また、どのような手の加え方をしているのか

それらの要素で型式は同じ7750でも全く別物と言えるようなムーブメントに仕上がっていくのです。

何本も時計を所有していけば、外見だけの違いではなくムーブメントにも個性を求めたくなる気持ちもよくわかります。

7750ベースのクロノグラフを数種類持っていても面白くない。ブランドの自社製ムーブメントのモデルが欲しくなってもくるもんです。

ただ、『7750ベースだから』という理由だけで、7750ベースの時計を避けて自社製ムーブのモデルだけを良しとして選ぶのだけは辞めて欲しいなぁと個人的には思うのであります。

もちろん、魅力的な自社製ムーブメントも沢山ありますし、7750だけが最高というわけではないんですけどね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

長々となってしまい申し訳ございません。

 

文章も下手くそで申し訳ございません。

 

ただ、皆様が大好きになって手にしたクロノグラフがあったとしたら

 

そのモデルが誕生するまでの歴史なんかについて少しでも分かったりすると愛おしさが増すかなと思います。

 

これって『人』に対しても同じかもしれませんね。

 

SHARE